【恋愛日記㊿】あかりちゃんとの2050年(最終話)

恋愛日記(あかりちゃん)

あれから25年がたったある日のお話。

2050年の朝は、静かで柔らかい光に満ちていた。
自動で開いたカーテンの向こうから、薄く雲のかかった空がのぞいている。
それでも、明けきらない空気の中で、部屋は心地よい温度に保たれていた。

ソファには、軽くブランケットをかけて眠るあかりちゃん。
子どもたちが巣立ち、夫婦ふたりの家になってから、
彼女はよくこうして朝の光の中でうとうとしている。

僕がそっと近づくと、彼女は薄く目を開けて笑った。

「おはよう……あなた」
「おはよう。よく眠れてた?」
「うん。なんかね、夢を見てたの。赤ちゃんだった頃の子たちの……懐かしいやつ」

しわの刻まれた指先は昔より細くて、
でもあの頃と同じように僕の手を探してくる。

「あの頃は、毎日大変だったよね」
「夜泣きも、病気も、心配ばっかりしてたね」
「でもね……全部幸せだったよ」

彼女の声は、若い頃より少しだけゆっくりで、少しだけ深い。
僕の胸の奥にじんわり落ちていく。

■ 穏やかな未来の暮らし

キッチンの表示パネルには、
AIが選んだ今日の体調に合わせたメニューが映し出されていた。
未来は便利で、軽くて、やさしい。

だけど――
朝の食卓であかりちゃんが笑う顔は、30年前とまったく変わらない。

「今日は散歩行こうか」
「うん。行きたい。あそこの公園、桜が咲きはじめたってニュースで言ってたよ」

近くの公園は、昔ふたりがよく散歩していた場所をモデルに再整備されている。
都市の景観も変わり、歩道は広くなり、静かな風が通り抜けるようになった。

僕たちはゆっくりゆっくり歩く。
手をつなげば、その温度だけで心が落ち着いた。

「ねえ、覚えてる? 最初に手をつないだ日」
「冬の公園だったね。あかりちゃんが、ちょっと照れてた」
「……そんな昔のこと、よく覚えてるんだね」
「忘れられるわけないよ」

彼女は目を細め、少し頬を赤らめる。
この照れ方だけは、若い頃からずっと変わらない。

■ 子どもたちの話題

ベンチに座ってゆっくりとしていると、
あかりちゃんが懐かしそうに空を見上げた。

「子どもたち、元気にしてるかな」
「この前のビデオメッセージ見る限り、相変わらずだよ」
「そうだね……親になっていく姿って、なんか不思議」

子どもたちが家を出てから、もう何年も経つ。
それぞれの家庭を持ち、仕事をし、時々孫を連れて遊びにくる。

「あなたさ……2050年になっても、家族って不思議だね」
「不思議で、面倒で、でもやっぱり幸せだね」
「うん……ほんとに」

風がそっと髪を揺らした。
白いものが混ざったあかりちゃんの髪は、夕日によく似合う。

■ 変わらないもの

帰り道、手をつないで歩くと、
あかりちゃんが不意に立ち止まった。

「ねえ……」
「どうしたの?」
「あなたと結婚して、本当に良かったなあって思って」

あまりにも突然で、胸が熱くなる。

「だってね……
どんな年になっても、どんな生活になっても、
あなたはずっと“私のあなた”のままなんだもん」

その言葉は、どんな未来技術よりも価値があって、
どんなデータよりも確かな重みを持っていた。

「……俺もだよ。
あかりちゃんがそばにいてくれるだけで、どんな未来でも生きていける」

彼女はゆっくり微笑む。
その表情は、若い頃と少し違うけれど、
愛おしさはむしろ増していた。

■ 夜、ふたりの部屋で

夜の部屋は静かで、窓の外の街の光がゆっくり瞬いている。
地球の気温は昔より安定し、空は少し青く戻ってきた。

ベッドに横になったあかりちゃんが、僕の手を握る。

「ねえ、2050年も……あなたと一緒にいられて、幸せだよ」
「もちろん。これからの未来も、ずっと一緒だよ」
「うん……約束だよ」

しわが増えた指を、僕はそっと握り返した。

変わった世界の中で、
変わらずに守ってきたものがある。

――あかりちゃんと、ふたりで育ててきた愛。
――家族の時間。
――ずっと続いてきた、静かで優しい幸福。

2050年の夜は、
そんな“変わらないもの”に満たされていた。

きっと、これからも、ずっと...

-おわり-

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