検診の日の朝は、少しだけ空気が澄んでいた。夏の終わりが近づき、陽射しはまだ強いのに、風だけがどこか秋の香りを運んでくる。
病院へ向かう道、一歩一歩が心臓の鼓動みたいで、落ち着いているつもりなのに胸はそわそわしていた。
「あのね、昨日の夜ずっと考えてたんだ」
隣を歩くあかりちゃんが、少し照れたように笑う。
「男の子かな、女の子かなって」
「やっぱり気になるよね。僕も何回も想像した」
「でしょ? でも……どっちでも嬉しいのに、なんだかドキドキしちゃう」
あかりちゃんはお腹にそっと手を添える。その仕草が優しくて、道端の光までもが温かく見えた。
初めて胎動を感じた日から数週間。お腹はさらに丸くなり、動きもだんだんと力強くなってきた。僕も手を当てるたびに「おーい」と返事してくれている気がして、胸の奥が何度も熱くなる。
病院に着くと、白いロビーに冷房の風が通り抜け、緊張がひやりと肌に触れた。
受付を済ませて待合室の椅子にふたりで並んで座ると、あかりちゃんが僕の袖を引っ張る。
「ねえ……今日、ちゃんと写るかな」
「うん。赤ちゃん、ちょっとサービスしてくれるといいね」
「ふふ、カメラに気づいてポーズとってくれたりして」
「それは将来が楽しみになるね」
「もう。そういうの想像すると、余計ドキドキする……」
待ち時間さえ嬉しい。そんな風に感じられる日が来るなんて、数年前には想像もしていなかった。
そして、名前を呼ばれた瞬間、ふたりとも「はっ」と息を呑んだ。
魅力的なお尻に!美容整骨師の魔法のショーツ■ エコー室の静けさ
部屋に入ると、独特の機械音が小さく響く。
あかりちゃんがベッドに横になり、看護師さんが優しく準備を進める。ジェルが塗られると、少しひんやりした感触に、あかりちゃんが小さく目を瞬いた。
「大丈夫?」
「うん。慣れたよ。でも……今日は特に緊張してるかも」
「僕も。全然落ち着かない」
モニターが光り、先生がプローブを滑らせる。
その瞬間、画面に映し出された小さな体の輪郭が鮮明で、思わず息を飲んだ。
「あ、動いてる……」
僕の声に、あかりちゃんも画面をじっと見つめながら「ほんとだ……元気だね」と微笑む。
先生が軽く頷きながら言う。
「さて……今日は性別、見えそうですよ」
胸が一気に跳ね上がった。
手を握り合う力が自然と強くなる。
画面には小さな足。指がぴんと伸びている。くるりと回って、丸い頭が見える。
心臓の点滅がリズムを刻み、その命の確かさに胸が震えた。
「うん、これは……見えましたね」
先生が、やわらかな声で続けた。
「——女の子ですよ」
一瞬、時間が止まったような静けさがあった。
僕もあかりちゃんも、声にならないまま互いを見つめ合った。
次の瞬間、あかりちゃんの目がふわっと潤む。
「……女の子。わたしたちの……」
「うん……女の子なんだね」
言葉にした途端、胸の奥がじんと熱くなる。
あかりちゃんはお腹に手を当てて、何度も優しく撫でた。
「なんだろ……もっと実感が湧いてきた。ほんとに……ここに女の子がいるんだって思ったら……なんか……涙出ちゃう……」
「ねえ、泣いていいよ。僕も……やばい」
気づけばあかりちゃんの手を両方で包み込み、何度も握りしめていた。
「かわいいだろうね……絶対」
「うん。あなたに似たら優しくて、でも私に似たらちょっとワガママかも」
「いや、それも可愛いね」
「……親バカになるよ?」
「もうなってるかも」
エコーに映る小さな体は、足を伸ばしたり、お腹をくいっと捻ったり、まるで「ここにいるよ」と言ってくれているみたいだった。
「ありがとう……来てくれて」
あかりちゃんが小さな声で呟く。
それを聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられるほど愛おしくて、僕は彼女の肩にそっと手を回した。
「これからずっと守るよ。ふたりのこと」
「……うん。わたしも、この子をあなたと一緒に守りたい」
画面に写る小さな命。
そのひとつひとつの動きが、未来を形作る線画のようで、胸の奥が温かさで溢れていった。
■ 帰り道、未来の話をしながら
病院を出た帰り道。
夕陽が差し込み、あかりちゃんのお腹の丸みをやわらかく照らしていた。
「どんな名前がいいかな」
「女の子の名前、また考え直さないとだね」
「ねえ……小さな靴とか、買いに行きたいな」
「うん。ベビーベッドも、ちょっと可愛いの探そう」
ふたりで話していると、未来がどんどん形になっていくようだった。
「女の子か……」
歩きながら思わずつぶやくと、
「あ、しみじみしてる」とあかりちゃんが笑う。
「だってさ。小さな手をつないで散歩したり、最初にパパって呼ばれたり……」
「ふふ、絶対メロメロになるよ」
「もうメロメロだよ」
「え、もう? まだ出生前なんだけど」
「もう十分だよ。だって……今日のあの小さな姿、忘れられない」
夕暮れの道を歩くふたりの影は、以前より少しだけ増えたように見えた。
ひとつの影の中に、確かに三人分の未来があった。

