昼間の暑さがようやく和らいで、
風が少し湿り気を帯びて流れてくる夕方。
「今日の浴衣、どうかな?」と、
待ち合わせ場所に現れたあかりちゃんを見て、
一瞬、言葉を失った。
白地に薄い藍色の朝顔が描かれた浴衣。
髪はゆるくまとめられ、
うなじにかかった髪が、少しだけ汗で光っている。
「……すごく似合ってる。」
そう言うと、
あかりちゃんは恥ずかしそうに笑って、
「ありがとう。でも、ちょっと歩きにくいかも。」
と足元を見た。
その仕草さえも、
夏の空気の中でやけに眩しく見えた。
神社の参道には屋台が並び、
金魚すくいの音や笑い声があちこちから聞こえてくる。
人の波に押されながらも、
あかりちゃんの手を離さないように、
しっかりとつないで歩いた。
「ねぇ、わたあめ食べたい。」
「いいよ。買ってこようか?」
「ううん、一緒に並ぼ。」
あかりちゃんはそう言って、僕の腕に軽く寄り添った。
その体温が伝わってきて、
胸の鼓動が少し速くなった。
わたあめを半分こにして食べながら、
あかりちゃんが言った。
「こういうの、子どものとき以来かも。」
「そっか。久しぶりなんだ。」
「うん。でも今の方が楽しい。」
そう言って、
小さな笑顔を浮かべた。
夜空に花火が上がる音がして、
人の流れが止まった。
どん、と低い音が空を揺らし、
鮮やかな光が一瞬、彼女の横顔を照らす。
その横顔を見たとき、
心の奥が静かに熱くなった。
花火よりも、
その表情のほうがずっとまぶしかった。
「きれい……」
あかりちゃんは空を見上げたまま言った。
「うん。」
「でも、なんか、こうして一緒に見られるのが一番うれしい。」
その言葉に返すように、
僕はそっと手を伸ばした。
指先が触れると、
あかりちゃんは少し驚いたように僕を見たけれど、
やがてそのまま指を絡めてくれた。
夜風が浴衣の袖を揺らして、
花火の光がふたりの影を重ねる。
「ねぇ。」
小さな声で、あかりちゃんが呼んだ。
「なに?」
「今、すごく幸せ。……だから、怖いくらい。」
その言葉に、
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
僕は少しだけあかりちゃんの手を強く握り、
「大丈夫だよ。俺も同じ気持ちだから。」と答えた。
あかりちゃんは小さくうなずいて、
目を伏せたまま笑った。
花火の光が頬を照らし、
その笑顔が、いつまでも目に焼きついた。
花火が終わり、
夜空に煙だけが漂うころ、
帰り道を歩いた。
人混みが少しずつまばらになり、
祭りの余韻だけが残っている。
川沿いの道を歩いていると、
あかりちゃんがふと立ち止まった。
「ねぇ。」
「うん?」
「今夜のこと、たぶんずっと忘れないと思う。」
「俺も。」
それだけの会話なのに、
何かが確かに変わった気がした。
あかりちゃんは、少し躊躇したあとで、
小さな声で言った。
「ねぇ……ぎゅってしてもいい?」
その一言に、世界が静まったように感じた。
僕は無言でうなずいて、
そっと彼女を抱きしめた。
浴衣越しに感じる体温は思っていたよりもあたたかくて、
夏の夜の匂いと混ざり合って、
胸の奥に深く刻まれた。
「来年も、一緒に見ようね。」
「うん、約束。」
腕の中であかりちゃんがそう言った声が、
遠くの花火の余韻のように、
心に響き続けていた。
夜風が吹いて、
木々がさわさわと揺れる。
その音が、
まるで「おやすみ」と言ってくれているようだった。
あかりちゃんと並んで歩く帰り道、
もう言葉は少なかった。
でも、ふたりの指先はしっかりと絡んでいた。
――この手を、
もう二度と離したくない。
そう思った瞬間、
ふたりの恋は、
確かなものになった。

