外の世界が白く霞んで見える。
除夜の鐘が遠くから聞こえて、
時間がゆっくりと新しい年へと移ろっていく。
あかりちゃんの部屋の窓際には、
小さな門松と、手のひらほどの鏡餅が置かれていた。
「これ、昨日百均で見つけたの」
彼女が笑いながら言う。
「かわいいね」
「でしょ? ちゃんとお正月っぽくなるでしょ」
その声を聞きながら、
僕はテーブルの上に並んだおせちを見た。
黒豆、だし巻き、きんぴら、そしてお雑煮。
どれもあかりちゃんの手作りだった。
「すごいなぁ。朝から作ってたの?」
「ううん。昨日の夜からちょっとずつ。
一緒に年越すの、初めてだから、ちゃんとしたくて。」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
渋谷バーチャルオフィス【PocketOffice(ポケットオフィス)】「あと十五分で年が明けるね。」
「早いね。今年一年、あっという間だった。」
「ほんとに。……でも、いろんなことがあったね。」
テレビからは年末特番の笑い声が流れている。
でも僕たちはそれをほとんど見ていなかった。
ただ、コタツに入って、
寄り添うように座っていた。
「ねぇ。」
「うん?」
「今年、一番の思い出ってなに?」
あかりちゃんは少し考えて、
「うーん……たくさんあるけどね」と言って笑った。
「でもやっぱり、一番は“花火の夜”かな。
あの日、あなたの手を握ったとき、
世界が変わった気がしたの。」
その言葉を聞いて、
僕もふと夏の夜を思い出した。
浴衣姿のあかりちゃん、
花火の光の中で見せたあの笑顔。
そして、初めて“恋人”として心を通わせた瞬間。
「俺も、あの日からだよ。
もう一人で過ごす時間が、寂しく感じるようになったのは。」
あかりちゃんは頬を少し赤らめ、
照れたように笑って言った。
「……そんなこと言われたら、また泣いちゃうじゃん。」
「泣いてもいいよ。」
「もう、やめてよ。」
そう言いながらも、
彼女の目はほんのり潤んでいた。
零時を知らせる鐘の音が、
ゆっくりと響き始めた。
「……あけましておめでとう。」
「おめでとう。」
言葉を交わした瞬間、
新しい時間の扉が静かに開いたように感じた。
あかりちゃんは両手を合わせて、
「今年もよろしくね」と小さくつぶやいた。
その声はどこか祈るようで、
まるで初詣の鈴の音みたいに澄んでいた。
僕も彼女の手を包み、
「うん。今年も一緒に、いろんなことしよう。」
と言った。
そのあとで、
「……ねぇ、お願いごとした?」と聞くと、
あかりちゃんは少し恥ずかしそうに笑って言った。
「したよ。でも内緒。」
「えー、ずるい。」
「ふふ。じゃあヒントだけ。
“これからも”って言葉が入ってる。」
「それ、たぶん俺と同じだ。」
「ほんと?」
「うん。“これからも、ずっと一緒に”ってお願いした。」
あかりちゃんは驚いたように僕を見つめ、
やがて、静かに微笑んだ。
「……やっぱり、通じてるね。」
「うん。ちゃんと。」
彼女はゆっくり身体を寄せ、
肩に頭を預けた。
その重みが心地よくて、
僕はそっと髪を撫でた。
「ねぇ。」
「うん?」
「こうやって年を越すの、すごく幸せ。」
「俺も。」
「このまま、毎年一緒に迎えたいな。」
「迎えよう。ずっと。」
あかりちゃんは少しだけ顔を上げて、
真っすぐ僕の目を見つめた。
その瞳の奥に、
花火の夜よりも深く、静かな光が宿っていた。
夜が明けるころ、
ふたりで初詣に出かけた。
手をつないで歩く道のりは、
冷たい空気の中でもどこか柔らかかった。
神社の境内には白い息が立ちのぼり、
屋台からは湯気と甘い匂いが漂っていた。
「ねぇ、寒いけど気持ちいいね。」
「うん、冬の朝って感じ。」
おみくじを引くと、
ふたりとも「中吉」。
「おそろいだね」と言って笑い合う。
願いごとを結び終えたあと、
あかりちゃんが手を握って言った。
「ねぇ、さっき神さまにお願いしたこと、
少しだけ教えてあげる。」
「うん。」
「“この人と、来年もその先も、
笑っていられますように”って。」
「……俺も、同じだった。」
ふたりの手のあいだに、
朝日が差し込んで、
白い息が金色に光った。
あかりちゃんは少し目を細めて、
「じゃあ、これで完璧だね」と笑った。
その笑顔が、
新しい年の一番最初の、僕の幸せだった。
帰り道、
コンビニの前でホットコーヒーを買って、
ふたりで分け合いながら歩く。
あかりちゃんが言った。
「ねぇ、今年もいろんな場所行こうね。
春になったら、桜見に行きたい。」
「いいね。旅行もしたいね。」
「うん。……ずっと一緒に。」
その言葉が、
冬の朝の空に溶けていく。
ふと、
左手のブレスレットが光を受けてきらめいた。
その輝きは、
これからを照らす灯のように見えた。
――新しい一年、
これからも、ふたりで歩いていこう。
白い息の向こうで、
あかりちゃんが微笑んだ。
その笑顔が、
僕にとっての“新しい年のはじまり”だった。

