夜明け前の街は、ひんやりとした静けさに包まれていた。
息を吐くたびに白く広がる空気の中を、
ふたりで並んで歩く。
街灯の明かりが雪の上に反射して、
夜の名残をやわらかく照らしていた。
「寒いね」
あかりちゃんが小さく肩をすくめる。
その仕草が可愛くて、
僕はマフラーの端を少し引き寄せ、
「もう少し近くにおいで」と声をかけた。
自然に、手が触れた。
手袋越しでも、ちゃんと温かい。
指先をそっと絡めると、
あかりちゃんが驚いたようにこちらを見上げた。
「…新年、最初の手つなぎだね」
「そうだね。なんか、ちょっと特別な感じする。」
そう言うと、彼女は笑って、
「じゃあ、離さないでね。今年はずっと。」と、
小さく囁いた。
神社へ向かう道は、
まだ人もまばらで、
空の端が少しずつ白んでいくのが見えた。
鳥の声がひとつ響いて、
街の気配がゆっくりと目を覚ます。
あかりちゃんは、
手にしたお守り袋を揺らしながら歩いていた。
「こういう朝、好きなんだ。
空気がきれいで、全部が新しくなる気がして。」
その言葉に、僕は少しだけうなずいた。
神社の境内に入ると、
白い息があちこちから立ちのぼっている。
焚き火の煙が風に乗って流れ、
鈴の音が静かに響いていた。
ふたりで列に並び、
手を合わせる。
隣で目を閉じるあかりちゃんの横顔が、
淡い朝の光に照らされていた。
その表情が、どこか神聖で、
胸の奥が少し熱くなった。
「何お願いしたの?」
お参りを終えたあと、僕が聞くと、
あかりちゃんは少し迷ったように笑ってから、
「ひみつ。でもね、あなたのことも入ってるよ。」と、
小さな声で言った。
「僕も、同じようなことお願いしたかも。」
「え、なに?」
「それも、ひみつ。」
顔を見合わせて笑う。
吐いた息が重なって、白く溶けた。
空はもうすっかり明るくなっていて、
神社の屋根に積もった雪がきらきらと光っていた。
帰り道、
境内を出たところで、
あかりちゃんが立ち止まった。
「ねぇ」
「ん?」
「今年も、いっぱい笑おうね。
ちゃんと、あなたと向き合っていきたい。」
その言葉が、
朝の冷たい空気の中でやわらかく響いた。
僕はただ、うなずいて、
彼女の手をもう一度握り直した。
「うん。
一緒に、ちゃんと歩いていこう。」
道の先では、
新しい年の陽がゆっくりと昇っていく。
金色の光が雪に反射して、
世界全体が少しだけ輝いて見えた。
あかりちゃんはその光を見つめながら、
「きれいだね」とつぶやいた。
その横顔を見て、
僕は、彼女と過ごす一年がどんな日々になるのかを思った。
きっと、
すごく特別なことがなくてもいい。
こうして並んで歩けるだけで、
十分だと思った。
駅に向かう道で、
小さなパン屋の前から焼きたての香りが流れてきた。
「帰りに寄ろっか」と言うと、
あかりちゃんはうれしそうにうなずいた。
初日の光を浴びながら、
ふたりでまた歩き出す。
足跡が、雪の上に並んで続いていく。
それがまるで、
これから始まる一年の約束みたいに思えた。

