朝から雪がちらついていた。
けれど、冷たさよりも、
胸の中のあたたかさの方がずっと勝っていた。
今日は、あかりちゃんの誕生日。
そして――僕が、彼女に想いを伝える日。
夕方、
駅前の小さなケーキ屋で予約していたケーキを受け取る。
白い箱の中には、
苺と生クリームがきれいに並んだホールケーキ。
上にはチョコのプレートで「Happy Birthday Akari」と書かれていた。
外に出ると、
冬の空気が頬を刺すように冷たい。
けれどその冷たさが、
これからの夜をより特別にしてくれる気がした。
ポケットの中には、
小さな箱。
その重みが一日中、
僕の心を静かに叩いていた。
あかりちゃんの部屋に着くと、
玄関のドアを開けた瞬間、
ふわりと甘い香りが広がった。
「おかえりなさい。寒かったでしょ。」
「うん。外、雪だよ。」
「ほんと? じゃあココア淹れようか。」
キッチンに立つあかりちゃんの後ろ姿を見て、
胸の奥がやさしく締めつけられた。
髪を後ろでまとめて、
お気に入りのエプロンをつけている。
それだけの光景なのに、
どうしようもなく“愛しい”と思った。
食卓には、
あかりちゃんの得意な料理が並んでいた。
煮込みハンバーグ、ポテトサラダ、野菜のマリネ。
「誕生日なのに、あかりちゃんが作ってくれたの?」
「だって、一緒に食べるのが嬉しい日だもん。
自分で作りたいの。」
「……ありがとう。
じゃあ、ケーキは俺からのプレゼントだ。」
箱を開けると、
あかりちゃんの目がぱっと輝いた。
「わぁ、かわいい! 苺たっぷり!」
「主役だもん。特別仕様。」
その笑顔を見て、
改めて思った。
――やっぱり、今日伝えよう。
食後、
照明を少し落として、
ケーキに火を灯した。
「じゃあ、歌うね。」
「うん。」
ろうそくの明かりが、
あかりちゃんの頬を柔らかく照らす。
「ハッピーバースデー・トゥー・ユー……」
歌い終わると、
あかりちゃんがそっと目を閉じて、
願いを込めて火を吹き消した。
「お願いごと、した?」
「うん。……内緒。」
「やっぱり言わないんだ。」
「だって叶わなくなっちゃうでしょ。」
そのやり取りがいつも通りで、
でも、今夜だけは心臓の鼓動が少し速かった。
ケーキを食べ終えたあと、
僕は少し深呼吸をして、
ポケットの中の箱を取り出した。
「……あかりちゃん。」
「ん?」
その声に、
彼女が少し首を傾げて振り返る。
キャンドルの明かりがゆらめいて、
その瞳がきらきらと光った。
「誕生日、おめでとう。
……本当に、生まれてきてくれてありがとう。」
「え……急にどうしたの?」
あかりちゃんは少し笑っていた。
でも、僕は笑えなかった。
言葉が胸の奥から、静かにあふれていった。
「俺ね、あかりちゃんと出会って、
世界が変わったんだ。
平凡な日も、雨の日も、
一緒にいるだけで特別に感じるようになった。
今日までの時間が、本当に幸せで――
これからもずっと、
その隣にいたいと思ってる。」
あかりちゃんは息をのんで、
目を見開いたまま僕を見つめていた。
「……それって……」
僕は小さくうなずき、
手のひらの上の小箱を開けた。
中には、
小さなプラチナのリング。
シンプルで、でも柔らかい光を放っていた。
「俺と――これからの人生を、一緒に歩いてほしい。」
その言葉を言い終えた瞬間、
部屋の中の時間が止まったようだった。
あかりちゃんは唇を震わせ、
目に涙を浮かべて、
小さく、でもはっきりとうなずいた。
「……うん。
私も、そう思ってた。
ずっと一緒にいられたらいいなって。
あなたと過ごす日々が、
私の“これから”なんだって思ってた。」
言葉の最後に、
彼女の頬を涙が伝った。
僕はその涙をそっと指でぬぐい、
指輪を彼女の左手に滑らせた。
あかりちゃんは小さく息を吸い、
そっと手を胸に当てた。
そして、笑った。
「……あったかいね。」
「うん。」
「こんな幸せ、あるんだね。」
その言葉が、
まるで春の風のようにやさしく響いた。
窓の外では、
雪が静かに舞い続けていた。
「ねぇ、来年の誕生日も、再来年も……」
「うん。」
「あなたの隣で、こうして笑っていたい。」
「必ず、そうしよう。」
あかりちゃんは僕の肩に頭を寄せ、
「大好き」と小さくつぶやいた。
その声が、
この冬の世界でいちばんあたたかい音だった。
ろうそくの炎がゆらゆらと揺れ、
ふたりの影を重ね合わせる。
――
これが、
“永遠のはじまり”の夜だった。

