〈5日目:帰る日。ふたりの未来へ続いていく朝〉
最終日の朝は、いつもより静かだった。
窓の外には、旅の終わりを惜しむような淡い光が広がっている。
目を覚ますと、隣であかりちゃんがこちらを向いて眠っていた。
寝息は穏やかで、頬にはほんのり赤みがあって、
“この人と結婚して良かったな”
と胸があたたかくなる。
そっと肩に触れると、彼女はゆっくり目を開けて微笑んだ。
「おはよう…今日、帰る日だね」
「うん。でも最後まで一緒に楽しもう」
「もちろん。あなたとなら、どんな日でも特別だよ」
その言葉に、朝から胸の奥がじんわり熱くなる。
■ 荷造りの時間すら、愛おしくなる
帰り支度をしながら、ふたりでスーツケースを開いて、
買ったお土産を詰めたり、思い出話をしたり。
「このシーサー、絶対あなたのほうが可愛いよね?」
「いやいや、あかりのほうが可愛い」
「もう…そういうの言うと好きになっちゃうよ」
旅の最後の朝なのに、そんな小さな会話ひとつで、距離がまた近づく。
荷造りが終わる頃には、
“帰る準備”というより“これからのふたりの生活への準備”
みたいな気持ちになっていた。
■ 最後の海を見に行く、静かなひととき
チェックアウトを済ませて、タクシーで海沿いへ寄り道した。
観光地の喧騒から少し離れた小さな浜辺。
午前中の海は透明で、光の揺れが柔らかかった。
「…ねぇ、来てよかったね」
あかりちゃんは波に手を伸ばしながら言う。
「うん。本当に来てよかった」
「あなたと来たから、ここが好きになったよ」
そう言って、彼女は手のひらを差し出してきた。
その指先をそっと絡めると、
波の音に溶けるように、心の奥まで優しい気持ちが広がっていく。
「また来ようね。記念日でも、なんでもない日でも」
「うん。毎年来てもいいくらい」
「約束だよ?」
「もちろん」
その会話だけで、未来が鮮やかに描ける気がした。
■ 空港へ向かうタクシーの中の沈黙が、愛しくなる
空港へ向かう道は、海沿いをしばらく走る。
外の景色が後ろへ流れていくたびに、
旅が終わってしまう寂しさと、
それ以上に“これから続いていく毎日”への期待が混ざり合った気持ちになる。
隣に座るあかりちゃんは、窓の外を見ながら
ときどきこちらに寄りかかってくる。
「なんかさ…帰るのに、寂しくないんだよね」
「どうして?」
「あなたと帰るから。
旅行が終わっても、あなたとの生活が続いていくから」
そう言って、彼女は指先だけでそっと手を握ってきた。
その小さな仕草が、まるで“夫婦”という言葉以上のものを語っていた。
■ 空港でのランチと、ふたりの“いつもの感じ”
那覇空港に着くと、賑やかな人の流れの中を歩いて、
空港のレストランに入った。
「最後に沖縄そば食べたい!」
とあかりちゃんが言って、ふたりで同じものを注文した。
麺をすすりながら、
「これもこれで、もう“思い出の味”だね」
と言うと、
「えへへ…また一緒に食べよ? 来年も、ずっと先も」
と笑ってくれる。
空港という“別れの場所”のはずなのに、
ふたりの会話は“未来の話”ばかりになっていた。
■ 搭乗ゲートまでの、手を離さない時間
荷物を預けて、搭乗ゲートまで歩く。
あかりちゃんはずっと手を握ったまま離さない。
「旅の終わりじゃなくてさ…
ふたりで歩いてく未来の、一歩目って感じがするよ」
その言葉があまりに真っ直ぐで、胸にじんと響く。
「俺もそう思うよ」
「…ねぇ、ありがとう」
「なにが?」
「わたしをお嫁さんにしてくれて。
一緒に旅してくれて。
これからも隣で笑わせてくれるって、信じさせてくれて」
声が小さくて、だけど確かで、
こんなに愛おしい人が隣にいてくれることが奇跡のように思えた。
■ 離陸の瞬間、ふたりの未来が始まる
飛行機が滑走路を走り始めると、
あかりちゃんはそっとこちらに寄り添ってきた。
「ねぇ…」
「ん?」
「帰ったらまた、ふたりの新しい生活が始まるんだね」
「うん。これからずっと続いていくよ」
「…幸せにしてね?」
「もちろん。
でも俺も、あかりに幸せにしてもらってるよ」
それを聞いて、彼女は胸に顔をうずめた。
窓の外で飛行機がふわりと浮き上がる。
雲を抜けて広がる光の中に、
ふたりのこれからの人生が、ゆっくり溶けていくようだった。
■ 旅の終わりは、ふたりの物語の始まり
着陸する頃には、もう寂しさはなかった。
手をつないだまま出口へ向かいながら、
「ただいま」よりも「これからよろしくね」という気持ちが強かった。
沖縄の海の色、風の匂い、笑った顔、手の温度。
その全部が、ふたりの新しい人生の最初のページに書き込まれた。

