〈1日目:出発の朝と、沖縄の風に触れた日〉
出発の朝、まだ陽が昇りきらない時間に窓を開けると、ひんやりとした空気が部屋に流れこんだ。いつもより早い朝なのに、心は妙に落ち着いていて、同時にそわそわしている。今日から、あかりちゃんと“新婚旅行”が始まるのだと思うと、胸の奥がじんわりと熱くなる。
装着するだけで、睡眠の質などを可視化できる指輪型デバイス【スマートリカバリーリング】「おはよう…うん、ちゃんと起きてるよ」
寝室の扉の向こうから、小さな声がした。振り返ると、パジャマ姿のあかりちゃんが、まだ眠気の残る目でこちらを見ていた。髪は少し寝癖がついていて、顔もほんのり赤い。それでも、いや、だからこそ愛しくてたまらない。
「楽しみすぎて目が覚めちゃった…」
「俺も。なんか胸がそわそわしてさ」
そう言うと、あかりちゃんは照れたように笑って、まだ温かい手でそっとこちらの袖をつまんだ。こういう仕草が、結婚しても変わらず可愛い。
準備をして家を出る頃には、朝の光が少しずつ街を明るくしはじめていた。キャリーケースを転がしながら歩くあかりちゃんは、いつもより歩幅が小さい。
「ちょっと緊張してる?」と聞くと、
「うん…なんか、夢みたいで」
と、恥ずかしそうに笑った。
空港に着くと、旅人たちのざわついた空気が広がっていて、“これからどこかへ向かう”という期待感が思わず胸を高鳴らせた。
チェックインを済ませて搭乗口付近のベンチに座ると、あかりちゃんは嬉しそうに腕を絡ませてきた。
「ねぇねぇ、沖縄着いたらまず海見たいんだけど…いい?」
「もちろん。ホテル行く前に寄ろう」
そう答えると、あかりちゃんは子どもみたいにぱっと表情を明るくした。その笑顔を見て、今日だけじゃなく、この旅のすべてを大事にしたいと強く思った。
飛行機が浮き上がる瞬間、あかりちゃんは小さく肩をすくめ、手をぎゅっと握ってきた。
「ちょっと怖い…」
「大丈夫。俺がいるから」
と言うと、彼女は小さくうなずき、寄り添うように肩に頭を預けてきた。ただ上空を飛んでいるだけなのに、これだけで幸福の濃度がぐっと上がったような気がした。
沖縄に着くと、迎えてくれたのは眩しいほどの青い空と、どこか甘い風の匂いだった。空港の外に出た瞬間、あかりちゃんは「わぁ…!」と息をのんだ。その横顔があまりにも嬉しそうで、恋人としてだけじゃなく“妻”として一緒に旅ができる喜びが胸いっぱいに広がった。
レンタカーを走らせて海へ向かう途中、窓の外に広がる景色は本州とはまるで違っていて、まるで知らない国に来たようだった。
車の中で流れるゆるい島のラジオ。
頬を撫でる暖かい風。
手の中で結ばれた、あかりちゃんの指先のやわらかさ。
「なんかさ…すごいね。全部が違う」
「うん。でも、いちばん違うのは――」
と言いかけると、あかりちゃんは首をかしげた。
「二人で来られたことかな」
と続けると、彼女は真っ赤になって、慌てて窓の外を見た。耳まで赤い。そんなところも愛しい。
最初に訪れた海は、透明度の高いビーチだった。
砂の白さに驚いたあかりちゃんは、しゃがんで波に手を浸しながら「冷たくない…!」とはしゃぐ。
「写真撮る?」と聞くと、
「うん、でも…あなたと一緒のがいい」
と、控えめに袖を引いてきた。
並んで撮った写真の中で、あかりちゃんは、照れながらも幸せを隠しきれない笑顔をしていた。その顔を見て胸が熱くなった。
――この旅で、もっと彼女を幸せにしたい。
そんな決意みたいなものが生まれた。
ホテルに着く頃には夕方になっていた。海沿いのリゾートホテルのロビーは落ち着いた色合いで、外にはオレンジ色の光が沈みかけている。
部屋に入ると、大きなベッドと海の見えるバルコニーがあり、あかりちゃんは思わず「すごい…!」と声をあげた。
荷物を置いたあと、ふたりでバルコニーに出て、オレンジ色の海を眺めた。
「ねぇ…来てよかったね」
「うん。最高の旅になるよ」
あかりちゃんが寄りかかってくる肩のぬくもりが、こんなにも愛おしい。
夜はホテルのレストランで、少し贅沢な夕食。
海ぶどうや沖縄の魚の料理を楽しみながら、あかりちゃんは何度も「幸せだね…」とつぶやいた。
その言葉を聞くたびに、胸の奥があたたかく満たされていく。
部屋に戻ってシャワーを浴びると、旅の疲れもあってふたりでベッドに横になり、自然に手をつないだ。
「明日も、いっぱい思い出作るんだよね…?」
「もちろん。ずっと一緒にね」
あかりちゃんは目を閉じ、微笑みながら寄り添ってきた。
こうして、新婚旅行の最初の夜は静かに、そして深く幸せに包まれていった。

