目を覚ますと、
カーテンの隙間から差し込む光が、
やわらかく部屋を満たしていた。
「今日、いい天気だね」
ベッドの隣であかりちゃんが、
眠たそうな声でそう言った。
彼女の指には、
あの日贈ったリングが光っている。
朝の光を受けて、
小さな虹のようにきらめいていた。
「ほんとだ。旅日和だね」
「うん。行こう、春を探しに。」
今回の旅行は、
前から行きたかった小さな温泉町への一泊二日。
駅から少し離れた静かな宿で、
川沿いには桜並木が続いているらしい。
電車に揺られながら、
あかりちゃんは窓の外の景色を眺めていた。
まだ咲きはじめたばかりの桜が、
ぽつぽつと春の色を添えている。
「ねぇ、見て。つぼみ、もうすぐ咲きそう」
「ほんとだ。次に来るときは満開かな」
「そのときも一緒に来ようね」
「もちろん。」
その“当たり前のような約束”が、
胸の奥でゆっくり響いた。
もう、未来の約束が自然にできる関係になったんだ――
そう思うだけで、
心の奥がじんわりとあたたかくなった。
宿に着くと、
山の空気がひんやりとしていて、
川のせせらぎが静かに響いていた。
「わぁ……すごいね。
空気が、都会と全然ちがう。」
「深呼吸したくなるね。」
「うん。」
二人で川沿いを歩くと、
道の脇に小さな菜の花が咲いていた。
風が吹くたび、黄色い花びらがゆらめく。
「こういう場所、落ち着くね」
「うん。なんか、“時間がゆっくり流れてる”って感じがする。」
あかりちゃんは笑いながら、
僕の腕にそっと手を重ねた。
それだけで、
もう言葉なんていらなかった。
ただ寄り添って歩くだけで、
未来の形が見えるような気がした。
夕方、温泉に入ってから、
宿の食堂で夕食をとった。
地元の野菜と魚の料理が並んで、
湯気の向こうであかりちゃんが笑っている。
「こういう時間、幸せだね。」
「うん。特別なことがなくても、
こうして隣にあなたがいるだけで、十分。」
あかりちゃんの言葉は、
いつもまっすぐで、心にすっと届く。
その一言一言が、
日々の中に小さな灯りを灯してくれる。
夜。
外に出ると、
風が少し冷たかった。
でも、空には満天の星。
「わぁ……星、こんなに見えるんだね。」
あかりちゃんが空を見上げて、
子どものように目を輝かせた。
「東京じゃ、こんなに見えないね。」
「うん。ねぇ、星ってさ、
すぐそこにあるみたいに見えて、
ほんとはすごく遠いんだよね。」
「でも、光はちゃんと届くんだ。」
「……そうだね。」
その言葉のあと、
あかりちゃんが僕の手を握った。
手のひらのぬくもりが、
静かな夜に広がっていく。
「私ね、
あの日あなたが指輪をくれたとき、
なんだか夢みたいで、
うまく言葉が出なかったの。」
「うん。」
「でも、今はちゃんと言いたい。
あなたと出会えて、
恋をして、今こうして隣にいることが、
私の人生の中でいちばんの幸せだよ。」
その声は震えていなかった。
静かで、やさしくて、
確かに未来を見つめている声だった。
僕はその手を少し強く握り返して、
ただ一言、言った。
「俺も、ずっと守るよ。
これから先、どんな季節も。」
あかりちゃんは目を閉じて、
小さくうなずいた。
遠くで風が桜のつぼみを揺らした。
その音が、まるで未来の祝福のように聞こえた。
翌朝、
宿を出るとき、
あかりちゃんが小さくつぶやいた。
「また来ようね。」
「うん、今度は満開の桜を見に。」
そう言って手をつなぎ、
駅へ向かう道を歩いた。
その背中に降り注ぐ春の光が、
ふたりのこれからを照らしているようだった。
――この旅は、
“ふたりで生きていく”という未来の、
最初の一歩になった。

