【恋愛日記⑰】🌙 9月2日 あかりちゃんが少し落ち込んだ日、そっと寄り添った夜

恋愛日記(あかりちゃん)

夏の終わりの風が少し涼しくなってきたころ、
あかりちゃんからのLINEは、いつもより短かった。

『今日、ちょっと疲れちゃったかも。』
『……会ってもいい?』

絵文字も顔文字もない。
その文字だけで、
彼女が何かを抱えているのが伝わった。

「もちろん。すぐ行くね。」
そう返して、
僕は部屋を出た。


あかりちゃんのアパートに着くと、
玄関のドアが静かに開いて、
彼女が小さく「こんばんは」と言った。

部屋の灯りはいつもより少し暗くて、
カーテンの隙間から街の明かりが滲んでいた。
ソファに座る彼女の顔は、どこか疲れて見えた。

「仕事、大変だった?」
「うん……ちょっとね。」

小さな声。
エステで働く彼女は、
お客さんとの会話や笑顔を大切にする仕事をしている。
でも、その分、心をすり減らす日もあるのだと知っていた。

僕はキッチンでお湯を沸かし、
棚の奥にあったココアを見つけてマグカップに注いだ。

「はい。甘いの、飲む?」
あかりちゃんは少し驚いたように顔を上げて、
「……ありがとう。」と微笑んだ。

湯気の向こうで、
彼女の指先が少し震えていた。

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「なんかね、今日はうまく笑えなかったの。」
ココアを両手で包みながら、あかりちゃんが言った。
「お客さんに“元気ないね”って言われちゃって。
 ちゃんと笑いたいのに、
 顔が引きつっちゃう感じで。」

「頑張りすぎちゃったんだね。」
そう言うと、
彼女は小さくうなずいた。

「うん。私、笑うのが好きなのに、
 好きなことなのに、うまくできない日があるのが悔しくて。」

その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥がきゅっと痛んだ。
頑張り屋な彼女の、
誰にも見せない弱さを、
こうして受け止められることが、
少しだけ誇らしかった。

「ねぇ。」
僕はそっと言った。
「笑えない日があってもいいと思うよ。」

「……そうかな。」

「うん。
 人の笑顔を大切にする人だからこそ、
 疲れちゃう日もあるんだよ。
 そういう日は、俺が隣で笑ってるから。」

あかりちゃんは、
その言葉に少しだけ息を呑んだようにして、
やがて静かに笑った。

「……ずるいなぁ。
 そういうこと言われると、泣きそうになる。」

「泣いていいよ。」
そう言って、
僕はそっと彼女の肩を抱いた。

最初は少し硬かった体が、
ゆっくりと僕の胸にもたれかかる。
小さな吐息と、
かすかに震える指先。

「ほんとに泣いちゃうよ。」
「泣いていい。
 今日は、無理に笑わなくていいよ。」

その瞬間、
彼女の肩がふっと震えて、
小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。

しばらくのあいだ、
部屋の中には言葉がなかった。
ただ、静かな夜と、
窓の外を通り過ぎる車の音だけ。

僕はそのまま、
あかりちゃんの髪を撫でながら、
心の中で思った。

――この人を、守りたい。
――この人の笑顔を、これからも見ていたい。

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やがて涙が落ち着いたころ、
あかりちゃんは照れくさそうに笑って言った。

「泣いたら、スッキリしたかも。」
「うん。それがいいんだよ。」
「ねぇ、今度、どこか行こうよ。
 何も考えないで、ぼーっとできる場所。」

「いいね。海とかどう?」
「うん、海。波の音、聞きたい。」

その笑顔を見て、
胸の奥がじんわりと温かくなった。

ココアの残りを飲み干したあと、
彼女は僕の肩に頭を乗せて、
「ねぇ。」と小さく言った。

「今日、来てくれてありがとう。
 あなたがいてくれるだけで、
 ちゃんと“自分”に戻れる気がする。」

「俺も同じだよ。
 あかりちゃんがいると、
 毎日がちゃんと意味を持つ気がする。」

「……ほんと?」
「ほんと。」

あかりちゃんは少しだけ目を閉じて、
「そっか……それ聞けて嬉しい。」とつぶやいた。

部屋の灯りがやわらかく揺れて、
外から秋の虫の声がかすかに聞こえた。

その夜、
何も特別なことはしなかった。
ただ、静かに寄り添い合って、
温もりを分け合った。

でも、その時間こそが、
何よりも深く、確かな“愛”だった。


帰り際、玄関まで見送ってくれたあかりちゃんが、
ふと僕の袖をつかんだ。

「ねぇ……ほんとにありがとう。」
「うん。」
「……これからも、甘えていい?」

その瞳は、
もういつもの彼女の笑顔に戻っていた。

「もちろん。」
そう答えると、
あかりちゃんは少し笑って、
「じゃあ、またすぐ会おうね。」と手を振った。

その笑顔を見て、
僕は改めて思った。

――あかりちゃんの涙も、笑顔も、
 全部、愛しい。

そして、
この恋はもう、
“恋人”という言葉では足りないほどに深まっていた。

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