「仕事から帰ってきたら、あかりちゃんが…」**
いつもより少し遅くなった平日の夜。
外の空気には冷え込みが戻ってきていて、
息を吐くと白くなる。
ほんの数日前まで沖縄で過ごしていたなんて、
信じられないくらい現実の匂いがする帰り道だった。
駅からの道を歩きながら、
「今、家にあかりが待ってるんだよな」
そう思うだけで足取りが軽くなる。
以前の暮らしでは考えられないことだ。
家に帰るのがこんなにも楽しみになるなんて、
きっとあかりちゃんと夫婦になったからだろう。
■ 「おかえり」より先に届いた、やわらかい匂い
玄関の鍵を開けた瞬間、
ふわりと料理の匂いが漂ってきた。
出汁の香りと、やさしい炒めものの香ばしさ。
ただいまの声を出す前に、胸がじんと温かくなる。
「…あれ、帰ってきた?」
少し緊張したような、でも嬉しさが隠せない声。
キッチンのほうから、エプロン姿のあかりちゃんが
顔をのぞかせた。
「おかえりなさい」
その笑顔を見た瞬間、疲れなんてどこかへ飛んでいった。
「ただいま。いい匂いがする」
「えへへ、頑張って作ったの。今日はね…“あなたが好きそうな夜ごはん”」
その言い方が可愛くて、
まるでプレゼントを渡す直前みたいに照れている。
■ テーブルに並んだ“ふたりのための夜ご飯”
手を洗ってリビングに向かうと、
テーブルに並んでいる料理に息をのんだ。
・ふわふわだし巻き
・野菜たっぷりの味噌汁
・鶏肉の甘辛ソテー
・五目の炊き込みご飯
・そして小皿に乗った、ささやかなサラダ
派手さよりも“優しさ”を選んだような献立。
どれも丁寧に作られているのが伝わってくる。
「こんなに…すごいね」
「お嫁さんっぽいでしょ?」
「お嫁さんそのものだよ」
その言葉に、あかりちゃんは火がついたみたいに頬を赤くして、
「…その言い方ずるいよ」と呟いた。
■ 食卓に流れる、静かな幸福の時間
ふたりで箸を動かし始めると、
一日の疲れがするすると溶けていく。
「おいしい…」
気づけば自然に声が出ていた。
「ほんと? よかった…あなた、好きかなって思って」
「どれも最高だよ。帰ってきてこれ食べられるなんて幸せすぎる」
その一言を聞いて、
あかりちゃんの表情がふわっと緩んだ。
「ねぇ…帰ってきて“おいしい”って言ってもらえるの、
こんなに嬉しいんだね」
家族になった実感が、
そっと胸の奥から湧き上がる。
■ 食後の、ちいさな事件
片づけを手伝おうとして立ち上がった時、
あかりちゃんが急に袖をつまんで引っ張った。
「…ねぇ」
「ん?」
「今日はね…ちょっとだけ、さみしかった」
“え…?”と驚く俺を見上げながら、
彼女は言葉を続ける。
「あなたが仕事に行ってる間、
家にひとりでいるのって、なんだか不思議で…
帰ってくるまで、ずっとそわそわしてたの」
胸の奥がぎゅっとなる。
そんな気持ちで待っていてくれていたなんて。
「ごめん、遅くなって」
「違うよ!全然怒ってるとかじゃなくて…
あなたが帰ってきた瞬間、胸がきゅーってして…
なんか…泣きそうになっちゃった」
それは、寂しさじゃなくて、
“あなたが必要なんだ”という甘い想いだった。
■ ハグから始まる、ふたりの夜
気づけば自然と、彼女をそっと抱きしめていた。
細い肩、あたたかい体温、
服越しに伝わる小さな震え。
「ただいま、あかり」
「……おかえり」
その声は、まるでふたりの家の灯りみたいにあたたかかった。
「あのね…」
「あかりの気持ち、ちゃんと伝わったよ」
「ほんと?」
「うん。これから毎日、帰ってくるの楽しみになるよ」
あかりちゃんは胸に顔を埋めて、
小さく「ずっと一緒にいたい」と呟いた。
その言葉は、
夫婦の絆をさらに強くしてくれる魔法みたいだった。
■ ふたりで迎える、新しい“ただいま”の意味
その夜は、いつもより長く抱きしめ合った。
テレビの音も、外の車の音も聞こえないほど、
ふたりだけの世界が静かに満たされていく。
“ただいま”と“おかえり”が、
こんなにも心を温めてくれるなんて、
新婚生活が始まる前には想像もできなかった。
家が“帰る場所”になるんじゃなくて、
“一緒にいる人が帰る場所になるんだ”
と気づかせてくれる夜だった。

