その日の夜、僕は少し早めに仕事を終えて帰宅した。
扉を開けると、ふわりとミネストローネの香りが漂ってきた。
「おかえりー!」
明るい声に振り向くと、あかりちゃんがエプロン姿でキッチンから出てきた。
ほっぺがほんのり赤くて、湯気に照らされて柔らかい笑顔をしている。
「あ、ちょうどできたところだよ。
今日はね、なんかあったかいの作りたい気分だったの」
たったその一言で、“ああ、今日もこの家は帰る場所だ”と胸が温かくなる。
ふたりで並んで食卓につき、いつもよりゆっくり時間をかけて食べた。
テレビの音より、スープをすくうスプーンの音のほうが大きい、静かで落ち着く時間。
食後に片づけを手伝っていると、あかりちゃんがぽつりと言った。
「ねぇ……昨日の話、ずっと頭から離れなくてさ」
「家族のこと?」
「うん……なんかね、考えるだけで胸がぎゅってなるの。
怖いとかじゃなくて……すごく、あったかい感じで」
僕は手を止めて彼女を見る。
あかりちゃんはスポンジを握ったまま、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
「あなたと、ひとつ屋根の下で暮らして、
同じものを食べて、同じベッドで寝て、
同じ夢の話をして……
それだけで十分幸せなんだけどね……
もっと先の未来も、あなたと一緒に見たいって思うの」
その言葉を聞いた瞬間、胸が深く静かに熱くなった。
片づけを終え、ふたりでソファに座ると、
あかりちゃんは少しだけ身体を寄せてきた。
その仕草があまりにも自然で、あまりにも愛おしい。
「あなたってさ、私の人生の“中心”になっちゃってるよね」
「うん、僕もだよ」
「えへへ……そうだといいなと思ってた」
彼女は照れ隠しのように笑いながら、僕の指を絡めてくる。
その手の温もりに、昨夜の会話の余韻と、
これからの未来への静かな期待が溶けていた。
しばらく沈黙が流れ、その静けさが心地よくて、
僕は彼女の肩をそっと抱き寄せた。
あかりちゃんは抵抗もせず、むしろ安心したように僕の胸に顔を寄せる。
「ねぇ……あなたと一緒にいるとね、
未来って、こんなに柔らかいものなんだって思うよ」
「柔らかい?」
「うん。なんでも怖くなくて、
どんな風に変わっていくんだろうってワクワクするの」
その言葉が、心の奥で静かに響いた。
この人と生きていくという選択が、
どれほど僕の人生を豊かにしてくれているのか、改めて気づかされる。
「……あかりちゃん」
名前を呼ぶと、彼女は胸の中で小さく反応した。
「これからもずっと、一緒に未来を決めていこう」
「うん……ずっと一緒にいようね」
彼女は小さく返事をして、僕のシャツをそっと握った。
その細い指先から伝わる温度が、まるで小さな“誓い”みたいに感じられた。
夜の静寂が深まる中、
ふたりはただ寄り添い、鼓動を感じ合う。
家族の話をしただけなのに、
こんなにも絆が深くなるなんて、思わなかった。
でもそれは、これまでふたりで積み重ねてきた時間が、
やっと形になり始めた証なのかもしれない。
未来はまだ見えない。
けれど――
“ふたりでつくる未来”は、
こんなにも暖かい。

