昼間の暑さがやわらいで、
風が少しだけ冷たくなり始めたころ。
夕方の光がオレンジ色に変わって、
街全体がゆっくりと一日の終わりを迎えようとしていた。
「夕方、少し歩かない?」
あかりちゃんからそう誘われて、
僕はすぐに「いいね」と返した。
それだけのやりとりなのに、
胸の奥が少し弾んだ。
待ち合わせは、川沿いの小道。
ゆるやかな風が頬をなでて、
街灯がぽつり、ぽつりと灯り始める。
あかりちゃんはワンピース姿で、
手にはコンビニで買ったアイスを持っていた。
「もう、ちょっと暑かったからつい買っちゃった。」
そう言って笑う彼女の頬には、
溶けかけたアイスのしずくが光っていた。
「ほら、ここ、去年の夏も通ったよね。」
「うん。まだ付き合ってなかった頃。」
「そうだっけ?」
「うん。たしか、あの時も同じくらいの時間で。」
あかりちゃんは思い出すように空を見上げた。
西の空が淡い金色に染まり、
遠くでカラスの声が響いている。
その音さえ、どこか懐かしく感じた。
川沿いのベンチに腰を下ろすと、
風が少し強く吹いて、彼女の髪が揺れた。
僕は思わずその髪を押さえてやりたくなったけれど、
代わりにそっと手を差し出した。
あかりちゃんは、
ほんの一瞬だけ迷ったような顔をしてから、
ゆっくりとその手を取った。
「こうしてると、なんか落ち着くね。」
「うん。」
「最初はさ、手をつなぐだけでドキドキしてたのに、
今はそれが“当たり前”になってるのが不思議。」
「当たり前になった、ってことは……
もうちゃんと“ふたり”なんだよ。」
その言葉を聞いて、
あかりちゃんは少しうつむきながら笑った。
「うん。……ちゃんと、ふたりなんだね。」
沈黙の中で、
川面に反射する夕陽がきらきらと揺れていた。
あかりちゃんはその光を見ながら、
小さな声でつぶやいた。
「ねぇ、もしさ、
この先、いろんなことが変わっても……
こうやって一緒に歩けたらいいな。」
その言葉が胸の奥に静かに響いた。
何かを誓うような、
でもとても自然な口調だった。
「もちろん。
どんな季節でも、どんな日でも、
君と歩けたら、それでいいよ。」
あかりちゃんはその言葉に
少し目を細めて、
「そう言ってもらえると、嬉しい。」と笑った。
その笑顔を見ていると、
不意に思った――
この先、どんな景色を見ても、
隣にこの人がいてほしい。
それが、いちばんの願いなんだと。
暗くなる前に帰ろうかと立ち上がると、
あかりちゃんが小さく言った。
「ねぇ、もう少しだけ歩こう?」
頷いて、ふたりでまた歩き出す。
手をつないだまま、
川沿いの風に吹かれて、
ゆっくりと並んで進む。
道の途中で、
あかりちゃんがふいに足を止めた。
「どうしたの?」と尋ねると、
彼女は少し頬を染めながら言った。
「ねぇ……今、すごく幸せ。」
その言葉に、
僕はただ「うん」とだけ返した。
言葉を重ねるより、
この瞬間をそのまま抱きしめていたかった。
風がまた吹いて、
木々の葉がさらさらと鳴る。
空にはひとつ、星が瞬き始めていた。
「ほら、星、出てきたね。」
「ほんとだ。」
「なんか、願いごとしたくなる。」
「何お願いするの?」
「内緒。でも……きっと君のこと。」
その言葉を聞いて、
胸がぎゅっと熱くなった。
思わず彼女の手を少し強く握ると、
あかりちゃんも握り返してくれた。
その手のぬくもりが、
夕暮れよりも深く、
心の奥に溶けていった。
帰り道、街灯が灯るころには、
風が少し涼しくなっていた。
並んで歩く影が長く伸びて、
それがひとつに重なったとき――
あかりちゃんがそっと僕の腕に寄りかかった。
「ねぇ……ずっと、こうして歩いていたいな。」
その声が、
初夏の夜風に溶けていく。
僕は小さく笑って、
「うん、ずっと。」と答えた。
その一言に、
未来の形がふと見えた気がした。

