【恋愛日記㉕】🌇 5月18日 初夏の夕暮れに散歩した日

恋愛日記(あかりちゃん)

夕方の風が、少しだけ夏の匂いを含みはじめていた。
日差しはやわらぎ、影はやんわりと長く伸びて、
街全体が一日をゆっくり閉じていくようだった。

「ねぇ、少し散歩しない?」
あかりちゃんが、夕飯の下ごしらえを終えた手を拭きながら言った。

「いいよ。ちょうど外の風が気持ちよさそう。」
僕が言うと、あかりちゃんは満足そうに笑った。

玄関を出ると、茜色の空が広がっていた。
並んで歩くと、いつの間にか自然と手がつながる。
指をからめるあかりちゃんの手は、いつもより少し温かかった。


駅へと続く大通りをそれ、
新しく見つけた小さな住宅街の公園へ向かう。
犬を散歩させる人や、帰り道の小学生たちの姿は少なく、
公園を包む空気は静かで、初夏特有の草の香りが心地よかった。

ベンチに腰を下ろすと、
あかりちゃんはそっと僕の肩にもたれる。

「……ふふ。なんか、こういう時間って幸せだね。」
「わかるよ。何もしない時間って、意外と大事だよね。」

「うん。
 あのね、最近すごく思うの。
 私、昔から“特別なこと”に憧れてたけど……
 いざふたりで暮らしてみると、
 普通の今日が一番宝物みたいに感じるんだよね。」

そう言いながら夕空を見上げる横顔が、
やわらかい光を受けて美しかった。

僕はそっと、
彼女の肩に腕を回した。

あかりちゃんは少し驚いたように身を固くしたあと、
ゆっくりと体を預けてくる。
「……えへへ。急に優しくされると、なんか照れる。」

「だって、隣にいるのが嬉しいから。」
「……もっと言っていいよ?」

いつの間にか、二人の距離はまた少し縮まっていた。

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ベンチから立ち上がると、
公園の中央にある花壇で、淡いピンクの花が風に揺れていた。

「あ、ネモフィラだ。」
あかりちゃんが近づいてしゃがみこむ。
「ほら、かわいいよ。涼しげな色。」

僕も隣にしゃがむと、
彼女が小さく笑う。

「ねぇ、来年はふたりでどこかに、
 もっとたくさんのネモフィラを見に行きたいな。
 広い丘に、青い絨毯みたいに咲いてる場所。」

「いいね。行こう。
 来年も、再来年も、その次の年も。」
そう言うと、
あかりちゃんの横顔がそっとゆるんだ。

「……こうやって“来年も”って言われるの、
 すっごく嬉しい。」

耳まで赤くしてそう言う彼女の手を、
そっと包み込む。

初夏の風が二人の間をすり抜けて、
草の匂いと夕暮れの香りを運んだ。


家へ戻る道の途中、
あかりちゃんがふと立ち止まる。

「ねぇ……大げさかもしれないけど、
 こんな風に手をつないで歩きながら思ったの。
 “この人とだったら、どんな毎日も平気だな”って。」

その言葉は、
普段の明るさとは違う、
心の奥からそっと零れ落ちたような声音だった。

僕はゆっくり彼女の手を握りなおす。

「……僕もだよ。」
「ほんと?」
「うん。
 これから先、つらいこともあるかもしれないけどさ。
 でも、あかりちゃんが笑ってくれたら、
 それだけで全部乗り越えられる気がする。」

あかりちゃんは足を止めたまま、
大きな瞳で僕を見つめ返してきた。
夕日の色がその瞳に映り込み、
胸がぎゅっとなるほど綺麗だった。

「……そんなこと言われたら、
 ずっと隣にいてあげたくなるじゃん。」

そう言うと、
彼女は小さく僕に抱きついてきた。

夕暮れの風が吹き抜ける中、
しばらくそのまま、
ふたりは静かに寄り添っていた。

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家に帰りつく頃には空はすっかり暗く、
道にぽつぽつと灯る明かりが、
ふたりの影を寄せては離し、また寄せた。

玄関を開けた瞬間、
あかりちゃんがふっと笑う。
「ねぇ……やっぱりここ、
 ふたりの家なんだね。」

「うん。帰ってくる場所だよ。」

「そうだね……」
彼女は僕の手を握ったまま続けた。

「今日ね、歩きながらずっと思ってたの。
 “この人と、一生一緒にいたい”って。」

胸が静かに震えた。
言葉にしなくても伝わる想いが、
確かにそこにあった。

ただの散歩のはずが、
ふたりにとって大切な日になった。
夕暮れの色と初夏の風が、
そのすべてをそっと祝福してくれていた。

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